弁護士が依頼を受けて示談交渉をした場合,事件終了の時は,合意書を書面で残すことが一般的です。
しかし,法律家がつかう法律日本語は,日常用語と異なる部分もあるので,せっかく法律家の目から見て完璧と思える合意書の文言を作成しても,それに不満をおっしゃる依頼者さんもいらっしゃいます。
弊事務所の過去の事件で,次のような合意書を作成しようとしたことがありました(実際の事件はもっと複雑ですが,事件や個人の特定がされないように,わざと極めて簡単にしております)。
合意書A 1 乙は,甲に対し,金100万円を支払う。 2 甲乙間には,本書に定めるもののほかに,なんら債権債務がないことを相互に確認する。 以上 |
この合意書で,第2項の,「本書に定めるもののほかに,なんら債権債務がないこと」というのは,いわば,合意書のお決まりの文言で,清算条項と呼ばれております。
清算条項とは,文字通り,これで事件は解決し,あとはもうお互いに文句は言いっこなしだよ,という程度の意味です。
もう,お互いに債権も債務もない,すなわち,相手方になにか請求する権利も,相手から請求を受ける義務もないよ,という意味なのです。
ところが,その依頼者である「甲」さんは,「本書に定めるもののほかに」という日本語がおかしい,とおっしゃるのです。
特に,「ほかに」という言い回しがおかしいと仰います。
たしかに「本書に定めるもののほか」という言葉は,日常会話ではあまり使いません。
しかし,この文言を省くとどうなるでしょうか。
合意書B 1 甲は乙に対し,金100万円を支払う。 2 甲乙間には,なんら債権債務がないことを相互に確認する。 以上 |
このような書き方になると,第2項だけをみると,なんら債権債務がないことになってしまい,甲さんは乙さんに金100万円を請求できないようにも思えます。
少なくとも甲さんは乙さんから100万円はもらえるはずです。
合意書Bの書き方だと,第1項と第2項が矛盾してしまいます。
善意解釈すれば,100万円を支払った上で,そのほかは債権債務がないって意味だよね,と読めるのでしょうが,このように矛盾した合意書や後にトラブルが生じるような誤解される合意書を,プロの弁護士として作成するわけにはいきません。
100万円はもらえた上で,そのほかは,なんにも債権債務がないよ,そのほかは請求する権利も義務もないからね,というのが清算条項にある「本書に定めるもののほか」の意味なのです。
ですから,日常用語として,こなれていないと思われても,「本書に定めるもののほか」の文言を削除するわけにはいかないのです。
後に,トラブルが生じたときに,「この合意書を作成した弁護士は,どうしてこんな書面を作成したのだ」と文句を言われてしまいます。
このような仕事はプロ失格です。
・・・・以上のような事情を,甲さんに,30分ほど時間をかけて,丁寧に説明し,「本書に定めるもののほか」を省いたら,下手したら甲さんは100万円を請求できないことになっちゃいますよ,と言ったところ,甲さんは「それならば,先生のおっしゃるように合意書を作成してください」とおっしゃってくれました。
それでも,心のどこかで,少し寂しそうな様子で,完全に納得している様子ではありません。
多くの弁護士の場合,とりあえず,合意書Aに署名捺印して事件解決,となるのでしょうが,この事件の場合は,法律以外の事情でも丁寧に時間をかけて交渉を進めてきており,なんとか合意書作成までたどり着いたという事情もありましたし,なんといっても,福岡パシフィック法律事務所に依頼して良かった,と言っていただいた甲さんに,最後の最後まで満足して頂きたいと思い,合意書Aでも合意書Bでもない,ベストの合意書を書こうと思いました。
3日3晩ほど,頭をひねって,ひねりだした合意書は・・・・・・
それについては,また後日御報告いたします。
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